坂本龍一(音楽家)

500年前に葬られたマヤ文明の洞窟湖から、人々の苦難の声が聞こえてくる。

前作『鉱 ARAGANE』をしのぐ傑作『セノーテ』、ぜひ多くの人に観てほしい。

第1回 大島渚賞受賞/ロッテルダム国際映画祭2020 正式出品/山形国際ドキュメンタリー映画祭2019正式出品作品

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『鉱 ARAGANE』小田香監督最新作『セノーテ Cenote』

2020年9月19日(土)〜 新宿K’s cinemaにてロードショー、全国順次公開 ※幻のデビュー中編『ノイズが言うには』、日本未公開『あの優しさへ』ほか小田香監督の過去作・短編作も特集上映!!(詳細はTheatersまで)

監督・撮影・編集:小田香/企画:愛知芸術文化センター、シネ・ヴェンダバル、フィールドレイン/制作:愛知県美術館/エグゼクティブ・プロデューサー:越後谷卓司/プロデューサー:マルタ・エルナイズ・ピダル、ホルヘ・ボラド、小田香/現場録音:アウグスト・カスティーリョ・アンコナ/整音:長崎隼人/現地オーガナイザー:マルタ・エルナイズ・ピダル/声の出演:アラセリ・デル・ロサリオ・チュリム・トゥム、フォアン・デ・ラ・ロサ・ミンバイ/2019年/メキシコ・日本/マヤ語・スペイン語/DCP/75分/配給:スリーピン/原題:TS’ONOT 英題:CENOTE

Introduction

メキシコの セノーテ をめぐる神秘の旅
カメラは浮遊する
失われた光と記憶を呼び戻すために

メキシコ、ユカタン半島北部に点在する、セノーテと呼ばれる洞窟内の泉。 セノーテはかつてマヤ文明の時代、唯一の水源であり雨乞いの儀式のために生け贄が捧げられた場所でもあった。現在もマヤにルーツを持つ人々がこの泉の近辺に暮らしている。

現世と黄泉の世界を結ぶと信じられていたセノーテをめぐって交錯する、人々の過去と現在の記憶。そこに流れるのは「精霊の声」、「マヤ演劇のセリフテキスト」など、マヤの人たちによって伝えられてきた言葉の数々。カメラは水中と地上を浮遊し、光と闇の魅惑の映像に遠い記憶がこだまする。

第1回大島渚賞受賞の快挙!!
『サタンタンゴ』タル・ベーラの愛弟子、
小田香が再び挑む深遠な世界

小田監督はいまもこの地に住む人々にも取材し、集団的記憶や原風景を映像として立ち上げようと試みた。小田監督はセノーテの水中撮影のため、ダイビングを学んで8mmフィルムカメラ、iphoneなどを駆使し、これまで誰も見たことのない世界を映しとった。

『サタンタンゴ』『ニーチェの馬』で知られる映画作家タル・ベーラが後進の育成のために設立した映画学校【film.factory】で3年間学んだ後、卒業制作として作られた前作『鉱 ARAGANE』(2015年)。ボスニア・ヘルツェゴビナのブレザ炭鉱に赴き、坑夫たちを密着取材して、暗闇の中で行われる過酷な労働とその環境を、静謐な映像で記録し注目を集めた小田香待望の新作がいま、姿を現す。

また、音楽家の坂本龍一氏と映画監督の黒沢清氏が審査し、世界に羽ばたく若い才能のために2020年に設立された大島渚賞では、その才能が認められ第1回目の受賞という快挙となった。

Background

セノーテとマヤ文明

ユカタン半島には多種多様なセノーテが数千と点在している。観光地化され、さながら遊園地のプールのようになっているものもあれば、ひっそりと家庭の裏庭にひそんでいるもの、広大な焼き畑大地の外れに名もなく存在するものなど、スケール感や現在におけるその用途も様々だ。我々はチチェンイッツァ遺跡などの近くにあるセノーテを除けば、基本的に中規模のセノーテを好んで選んだ。大きなものはひとが多すぎて、その神秘性をすでに感じず、小さすぎるものや全くひとの手が入っていないものは、地下に降りる梯子などのアクセスがなく、蜂や蛇など、リスクが把握できないので見学のみさせていただいた。アクセスできるほとんどのセノーテは遺跡の近くにある保護下に置かれているものか、村や地域の人たちで管理されている。我々が訪れたセノーテの多くは、数百円ほどの入場料を払い中に入ると、ライフジャケットや水中メガネなどを貸してくれ、簡易な更衣室やトイレが周辺にあった。

セノーテが形成された、もともとの原因は、恐竜を絶滅させた隕石とされている。衝突跡(チクシュルーブ・クレーター)のうえに石灰岩の層ができ、地下水によってその層が崩れ落ちてできた穴、地下洞がセノーテだ。故にいくつかのセノーテは地下水路で繋がっている。長年、現地の学者や熟練のダイバーたちが巨大なセノーテの調査をしているが、水中であることや入り組んだ水路によって、全長を掴めない未知の空間がまだまだ広がっているという。古代マヤ人が行った雨乞いの儀式場であったことから、動物の骨や装飾品に混じって人骨も発見されている。生贄は少女(処女)であったとする説が強いが、実際には成人男性の骨もある。私はセノーテの中で人骨を見ることはなかったが、儀式が行われていたとされるセノーテに一度入らせてもらったことがある。それは裏庭にある井戸のような入り口の小さいセノーテだったが、急勾配の階段を5Mほど降りると、直径30Mほどのセノーテが広がっていた。晴天の昼間だったが、入り口が狭いので光源が弱く、暗闇に目が慣れるまで時間がかかった。階段と水平して3Mほど先に、岩が人ひとり立てる幅の足場のような形状になっている箇所があり、そこに生贄が立たされ、下に落とされたという。入水しても良いとのことで、水の中に入った。私は泳ぎが上手くないので、ライフジャケットでプカプカと浮いているだけだったが、視界のない中で水の中にひとりいるのは不安で、友人にもすぐに降りてきてもらった。この不安は、不気味さというよりも、神聖な場所に対する畏れによって、増していたように思う。いくつも巡ったセノーテの中で、そんな心持になるのは稀だった。お話を伺ってから入ったからというのもあるだろうが、印象深く鮮明なイメージを残すセノーテのひとつである。

小田香

FilmMaker

小田香
Oda Kaori

1987年大阪府生まれ。フィルムメーカー。
2011年、ホリンズ大学(米国)教養学部映画コースを修了。卒業制作である中編作品『ノイズが言うには』が、なら国際映画祭2011 NARA-wave部門で観客賞を受賞。東京国際LGBT映画祭など国内外の映画祭で上映される。2013年、映画監督のタル・ベーラが陣頭指揮するfilm.factory (3年間の映画制作博士課程)に第1期生として招聘され、2016年に同プログラムを修了。2014年度ポーラ美術振興財団在外研究員。2015年に完成されたボスニアの炭鉱を主題とした第一長編作品『鉱 ARAGANE』が山形国際ドキュメンタリー映画祭2017・アジア千波万波部門にて特別賞を受賞。その後、リスボン国際ドキュメンタリー映画際やマル・デル・プラタ国際映画祭などで上映される。映画・映像を制作するプロセスの中で、「我々の人間性とはどういうもので、それがどこに向かっているのか」を探究する。

また世界に羽ばたく新しい才能を育てるために2020年に設立された大島渚賞(審査員長:坂本龍一、審査員:黒沢清/荒木啓子[PFFディレクター]、主催:ぴあフィルムフェスティバル)では第1回の受賞者となった。

フィルモグラフィー

[短編]
『ひらいてつぼんで』13分/2012年
『呼応』19分/2013年
『フラッシュ』25分/2014年/日本語
『色彩論 序章』6分/2017年/日本語
『風の教会』12分/2018年
『Night Cruise』 7分/2019年
[中編]
『ノイズが言うには』38分/2010年/日本語
  • なら国際映画祭2011 NARA-wave部門観客賞
[長編]
鉱 ARAGANE』68分/2015年/ボスニア語
  • 山形国際ドキュメンタリー映画祭2015 アジア千波万波部門特別賞
  • リスボン国際ドキュメンタリー映画祭2015正式出品
  • マル・デル・プラタ国際映画祭2015正式出品
  • 台湾国際ドキュメンタリー映画祭2015正式出品
『あの優しさへ』63分/2017年/日本語
  • ライプティヒ国際ドキュメンタリー&
    アニメーション映画祭2017正式出品
  • ジャパン・カッツ2018 正式出品
『セノーテ』75分/2019年/スペイン語・マヤ語
  • ロッテルダム国際映画祭2020正式出品
  • 山形国際ドキュメンタリー映画祭2019 正式出品
  • ムルシア国際映画祭2020 スペシャル・メンション
  • メキシコ国立自治大学国際映画祭FICUNAM 2020 Estímulo Churubusco UNAM賞

監督の言葉

サラエボでの3年の日々が終わりに近づいた頃、次は海が撮りたい、水の中の光と闇を撮ってみたい、とメキシコ人の学友になにげなく言うと、協力するからメキシコにおいでよと、とても軽く誘ってくれた。日本に帰国し、しばらくすると彼女から連絡があり、海も良いがメキシコのユカタン半島には地下の泉があると、セノーテのことを教えてくれた。ユカタンというのは現地マヤ人が上陸してきたスペイン人征服者に土地の名前を尋ねられた際に、「何を言っているのかわからない」と返答したところ、スペイン人にはその言葉がユカタンと聞こえたことを語源とする説があるそうだ。私はこの話を聞き、セノーテとその土地ユカタンに行ってみたいと思った。セノーテに行くお金を貯める間に、その神秘的な美しさをもつ地下の泉が古代マヤ人の生活と深い関わりをもっていたことを本で学んだ。生贄を捧げる神聖な場であり、生活用水の源であり、黄泉の国への入り口。この水中洞窟で、己が何を体験し、見聞きするのか、未知への空間に思いが募った。約一年後、メキシコの友人とお金を出し合ってはじめてのリサーチを実行した。

セノーテを目一杯体感するために、ロードトリップのようなかたちで村から村へ半島を毎日のように移動し、家庭用水のための井戸のような小さなものから、海と繋がっている壮大なものまで、大きさや形態も様々なセノーテの中に入った。水中に差し込む光、それを包む深い闇に悦びを感じると同時に、いくつかのセノーテにはおののき、不安を覚えた。2年ほどの間に3度のリサーチをし、30から40ほどのセノーテに出会ったが、アクセスは可能でも、こわくて中に入りたくない時が数度あった。

セノーテを巡る道中では、現地でのガイドを頼んでいる人たちにセノーテ近くで暮らす方たちを紹介してもらい、泉にまつわる個人的な記憶や伝承、マヤとの関わりについて伺った。どの家に行けば話がきける、あのセノーテのことは誰々が知っているなど、人から人へと紹介をしていただき、あるお家では、我々がリサーチのことを告げると、家畜が放し飼いにされていて作業場にもなっている裏庭に呼んでくれた。親族の男性が集って鶏や豚の肉をさばいている中で、突然おじさんのひとりがそらで朗唱をはじめた。言葉の意味は全くわからなかった。だが異なった時空間が瞬時に立ち上がり、我々は固唾をのんだ。あとから聞くと、彼が口にしていたのはマヤの文化や伝統を絶やさないために村人で行われる劇の台詞で、日を変えて、改めてそのお家を訪ね、おじさんの朗唱を録音させていただいた。『セノーテ』は、このような出会いが重なって完成した作品だ。水中でも陸上でも、夢かうつつかはっきりしない瞬間を何度も体験した。

Comments

蓮實重彦(映画評論家)

生け贄として何人もの少女が投げこまれたという神話的な泉の底を、一瞬も動くことをやめぬキャメラが奥深くまで探ってみても、彼岸への通路かもしれない薄ぐらい拡がりが見えてくるばかりだ。
その緩やかなリズムを不意に立ちきる固定キャメラが、えもいわれぬほど素晴らしい何人もの男女の顔を画面に浮きあがらせる。この転調をもっと見てみたい。

まぎれもない傑作なのだから。

坂本龍一(音楽家)

500年前に葬られたマヤ文明の洞窟湖から、人々の苦難の声が聞こえてくる。

前作『鉱 ARAGANE』をしのぐ傑作『セノーテ』、ぜひ多くの人に観てほしい。

石川直樹(写真家)

世界はそんなに簡単に割り切れるものじゃない。小田さんの映像は、ひとつの目的地に導くのではなく、見る人の数だけ存在する未知の沃野へと、意識をふっ飛ばしてくれる。ぼくはとても好きだ。

樋口泰人(映画評論家・爆音映画祭ディレクター)

たとえば『岸辺の旅』(黒沢清)の死界へと通じる滝壺の中の風景と言ったらいいだろうか。
映画の知性と理性が巧妙に避けてきたその場所へ小田香の野生が果敢な一歩を踏み出したのだ。あとは黙って観て聴くしかない。
それは今ここのわたしの一歩へのかけがえのない力となるはずだ。

町山広美(放送作家)

カメラに誘われ洞窟に沈むうち、自分の輪郭が溶ける。
当地で暮らす人々の強い顔を、見ているのか見られているのか。
マヤ文明から連なる声を言葉を聞くうち、未来にいるのか過去にいるのか、視点を失う。
不思議な鑑賞体験。
自分なんかいないのだ、と腑に落ちて身は軽くなり浮上する。

草野なつか(映画監督/『螺旋銀河』『王国(あるいはその家について)』)

まっすぐと、優しいまなざしで人を見つめ続けること。媒介者となること。カメラを向けることの暴力性から私たち作り手は決して逃れることはできないが、なにか一つの答えがここにあるような、そんな気がしている。

柳原孝敦(東京大学大学院教授/スペイン・ラテンアメリカ文学者)

セノーテはスペイン人の到来以前のマヤの人々が干魃の際、神々への捧げ物として生きたまま人間を(そして宝石なども)投げ込んだ場所とされている。雨乞いの場所なのだ。映画の中で泉に降り注ぐ水は雨ではないけれども、雨に見立ててればある種の感慨も湧いてくる。雨乞いの場所についに落ちてくる雨粒は生命の再生を思わせるではないか。

諏訪敦彦 (映画監督/『風の電話』)

私が映画を見ているのではない。映画によって私が見られている。その視線に晒されて『セノーテ』を見ている私は時空を超えた生命体に変身する。気がつくと、もはや誰でもない私がまったく無垢なる瞳で地上の世界を見つめているのだ。「あゝ映画はまだ生きている」死の淵でその幸福を噛みしめた。

Theaters

都道府県 劇場名 電話番号 公開日
東京 新文芸坐 03-3971-9422 上映終了
東京 渋谷・ユーロスペース 03-3461-0211 上映終了
東京 K's cinema 03-3352-2471 上映終了
神奈川 横浜シネマリン 045-341-3180 上映終了
神奈川 川崎市アートセンター 044-955-0107 上映終了
北海道 札幌爆音映画祭
札幌文化芸術劇場 hitaru
クリエイティブスタジオ 
011-271-1950 上映終了
山形 フォーラム東根 0237-43-8061 上映終了
新潟 シネ・ウインド 025-243-5530 上映終了
富山 ほとり座 076-422-0821 上映終了
富山 ダフレンズ(ほとり座) 0766-24-9229 上映終了
長野 相生座・ロキシー 026-232-3016 上映終了
長野 松本シネマセレクト 0263-98-4928 上映終了
長野 上田映劇 0268-22-0269 上映終了
愛知 名古屋シネマテーク 052-733-3959 上映終了
京都 出町座 075-203-9862 上映終了
大阪 シネヌーヴォ 06-6582-1416 上映終了
兵庫 元町映画館 078-366-2636 上映終了
兵庫 宝塚シネピピア 0797-87-3565 上映終了
兵庫 豊岡劇場 0796-34-6256 上映終了
和歌山 田並劇場 0735-70-1046 上映終了
広島 横川シネマ 082-231-1001 上映終了
広島 シネマ尾道 0848-24-8222 上映終了
山口 山口情報芸術センター(YCAM) 083-901-2222 2021年
10月14日(木)18:30〜
一回のみ上映
高知 ゴトゴトシネマ 090-9803-9984(前田) 上映終了
大分 日田リベルテ 0973-24-7534 上映終了
鹿児島 ガーデンズシネマ 099-222-8746 上映終了

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