Director 監督
監督プロフィール
小田 香 Oda Kaori
1987年大阪府生まれ。フィルムメーカー。
2011年、ホリンズ大学(米国)教養学部映画コースを修了。卒業制作である中編作品『ノイズが言うには』が、なら国際映画祭で観客賞を受賞。東京国際LGBT映画祭など国内外の映画祭で上映される。
2013年、映画監督のタル・ベーラが陣頭指揮するfilm.factory (3年間の映画制作博士課程)に第1期生として招聘され、2016年に同プログラムを修了。2014年度ポーラ美術振興財団在外研究員。2015年に完成されたボスニアの炭鉱を主題とした第一長編作品『鉱 ARAGANE』が山形国際ドキュメンタリー映画祭2017・アジア千波万波部門にて特別賞を受賞。その後、リスボン国際ドキュメンタリー映画際やマル・デル・プラタ国際映画祭などで上映される。
映画・映像を制作するプロセスの中で、「我々の人間性とはどういうもので、それがどこに向かっているのか」を探究する。
監督の言葉
地下の世界に魅せられた。
跳ねる泥、漂う塵、舞う土埃、重機から散る霧、坑夫の方たちから昇る蒸気、肉体を打つ幾重にもなった機械音。
それら全てに圧倒的な美しさを感じた。
地中に広がる宇宙だった。
ほぼ唯一の光源であるヘッドランプに照らされるのは、各々の足場、ツルハシの鋒、坑夫の方たちの顔。照らされない空間は闇。特に、人のいない古い坑道は、左右上下を溶かす、飲み込まれそうな深い黒だった。
光にも闇にも、独特の美しさとこわさがあった。
撮影地のブレザ炭鉱には偶然出会った。もとはカフカの『バケツの騎士』を原作とした短編映画制作のため、取材目的で訪れたが、その空間と坑夫の方たちの佇まいに一目惚れしてしまった。初回は地下には入れてもらえなかったが、二度目に訪れた際には、安全管理の責任者の方と一緒に潜らせていただいた。私は地下で活動するためのトレーニングを受けていないため、撮影時にはいつもこの方が付き添ってくれた。地下にはじめて入り、その異次元空間と坑夫の方たちの労働に魅入り、『鉱 ARAGANE』の制作を決めた。あの美しさをただ撮りたかった。
決して、過ごしやすい環境とは言えない。太陽の光が微塵も届かない空間に何時間もいるというのは。空気孔が通っていると言っても、空気が薄いと感じることは多々あったし、むき出しの重機やベルトコンベアーに巻き込まれると身体のどこかがとぶ。振動として身体に訴えてくる騒音は慣れて感覚が麻痺するまでしばらくかかった。頭を振ったり口笛を鳴らしてコミュニケーションをとっている坑夫たちの伝達が食い違えば、容易に事故が起こるし、坑の中で命を守るため、万全を期することはないと言っていい。それでも、坑夫の方たちは毎日地下で8時間働く。お金を稼ぐためであるし、ボスニア全土に資源を供給しているという自負もあるという。炭鉱での労働は過酷なものだが、作業中にはアドレナリンが駆け巡っている、坑に入ったことのある者なら地上での仕事はできないよ、とある坑夫が話してくれた。
坑夫の方たちとブレザ炭鉱は、私にこの映画をつくる機会を与えてくれたけれど、私はこの映画で彼らに何かお返しをすることができるだろうか。
彼らは不可視だ。坑内の異次元の宇宙は、不可視の彼らの身の危険と隣り合わせで、いまも広がっていっている。
私たちの生活の資源がどこから来て、それがどんな場所なのか、もしもこの映画がそれらを表す瞬間を生み出せるなら、一緒にいさせてくれた彼らに対して少しでも返礼となるのかもしれない。同じ地球上にこんな空間があること、そこに坑夫の方たちがいまも存在することを体感していただければ嬉しい。
10月21日(土)〜 新宿 K’s cinemaにてロードショー